「ローマはこの旅の中で一番大きい都市であるのと同時に
「一番危険な都市でもあります。
「イタリアでは南にゆくほど貧富の格差が大きく、治安が悪いと言われています。」
ぐっさんが浮かれるツアー客に釘を刺すように、やや大きな声で注意した。
「命に関わるようなことは少ないものの、スリや強盗には十分注意して下さい。」
ぐっさんの懸命な忠告も虚しく、多くのツアー客は
互いに話しをしたり
ガイドブックを熟読したり
コピーしたガイドブックを熟読したり
ビールをあおったりしていた。
ぐっさんはその様子を見て諦め顔で着席し、腕時計に目をやった。
フィレンツェを出発してから3時間。
ローマに着くにはあと1時間半ばかりある。
目線を腕時計から外し窓の外を見ると
日本の郊外と変わりない田舎景色が延々と流れてゆく。
高層ビル群が見え始めるとバスはハイウェイを下りた。
近代的なビルと古いアパルトメントとの間の道をくねくね抜けていくと
視界が開け、遠くにコロッセオが見えた。
バスは遂にローマに到着したのである。
幾多もの栄枯盛衰の歴史が繰り返されてきたローマ。
その記憶を留めるかの如く数多くの歴史遺産が残る。
『10歩も歩けば遺跡が見える』
とはよく言ったものだ。
其処彼処に石造りの建物がゴロッゴロしている。
バスはやがて速度を落としテルミニ駅向かいのホテル前に停車した。
4人はバスを降り、荷物をホテルに預け昼食をとることにした。
「今日は集合時間を守るように。」
ぐっさんに名指して注意を受けたため
ホテル近くのバールで食事をすることにした。
すっかり定番のマルガリータ&カプチーノを食すその隣で
熱狂的なサッカーファンの男達がビール片手に熱く語りあっていた。
耳を済まして聞いてみると
今晩、地元ローマで行われるヨーロッパチャンピョンズリーグの話をしているようだ。
店内を見渡すとASローマの旗が掲げられている。
試合が始まる頃にはこの店はローマファンで埋まるに違いない。
集合時間ぴったりにロビーに戻った4人であったが
まだ3人戻って来ていない、とぐっさんは慌てていた。
ぐっさんの隣で神経質そうに鍵っ鼻を擦るイタリア人。
何処となくジャン・レノに似ている。
10分後、3人が戻ってきた。
テルヲの席を強奪したオンナ2人組と、そしてタナカだった。
あら、お待たせ。とでも言い出しかねない態度なオンナ2人組に対し
申し訳なさそうな顔をするタナカ。
意外な組み合わせにぐっさんもどう対応して良いか分からず
気を取り直すように咳払いを一つして口を開いた。
「皆さん。ローマでの観光をお手伝いしてくれるジャンです。」
「ミナサーン、コニチハ。ブォンジョルノ。ジャンデース。ジャン・レノンデース。」
鍵っ鼻は日本語で挨拶をした。
2年間日本に行っていたことがあること。
何をやっていたかは教えられないとのこと。
それでも埼玉の茶畑で会った老夫婦にお世話になったこと。
それが縁でイタリアでは緑茶の輸入販売の仕事をしていること
などを陽気に話した。
時折交えるイタリアンジョークで女性ツアー客のハートをがっちり掴み
満足したレノンは最後にこう忠告した。
「イタリアジン、ミンナオンナノコ&サッカー、スキ。
「オンナノコ&サッカーノタメナラナンデモスルネ。
「オトコノコ。ヨクオボエテオクネ。」
レノンに連れられツアー一行は『トレビの泉』に到着した。
「ミナサーン。ココデコイン、ナゲマショウ。」
願いを込めてコインを投げるテルヲ。
特に2回目のコイン投げには力が入った。(注5)
(訳の分からんアイツをどうにかしてくれっ)
スナップの効いた1ユーロ玉は綺麗な放物線を描きポセイドンの鍵っ鼻に当たった。
次に訪れたのは『パンテオン』。
クーポラの採光窓から注ぐ光はその昔、日時計として利用されていたそうだ。
2000年近くも前にこうやって同じように上を見上げていた人がいたんだな、
そう思うだけでトモは鳥肌がたった。
2000年前の人達は一体どんなことを考えていたのだろう…
すっかり妄想モード全開のトモは
のそのそとパンテオンから出、ミネルヴァ広場に歩いていった。
と、そこにはムツとミラノで同じ食卓を囲んだ女医卵2人組、ヤミとマリッペが話し込んでいた。
「何かテルヲの様子おかしいじゃん?だからぐっさんとか、あとアイツ、なんだっけ、タナカ?
「アイツのことで何か知らないか聞いてたんだよ。」
「んー。テルヲ君、元気ないなーとは感じてたんやけど詳しいことは知らんかったわ。」
今日の午前中にあった話を聞き深刻な事態と察知したヤミは神妙な顔で答えた。
残念ながらぐっさんとタナカに関しての情報は皆無であるとのことだった。
「これから添乗員さんとあの人のこと、注意してみる。」
マリッペの力強い協力宣言にムツとトモは安堵の表情を浮かべた。
ツアーはパンテオンを後にし、『スペイン広場』に到着した。
広場に到着するなりコウイチローの目つきが変わった。
「嗚呼。ココはまさしく…」
そう呟いたコウイチローは、『ローマの休日』の有名なワンシーンについて
陶々と語り始めた。
そんなコウイチローを大きく落胆させたのはレノンの一言だ。
「コノカイダーンデ、ジェラートダメデース。罰金トラレマース。」
聞くと、コウイチローのようにオードリーに憧れ、真似をしてジェラートを食べる
観光客が増え、ジェラートのゴミが階段に溢れるようになったため
現在では階段での飲食が禁止されているとのことだ。
3人は落胆するコウイチローを励まし
せめてジェラートだけでも、と言い、近くのジェラート屋に入った。
レノンが声をかけてきたのは
コウイチローだけが階段を恨めしそうに眺めながらジェラートを食べていた時である。
「アナタタチ、今日サッカーミタクナーイ?」
レノンの知り合いがチケットを手配し、4人に売ってくれるとのことだ。
地元ASローマの試合チケットは当日ではなかなか手に入らないが
ラッキーなことに4枚だけチケットがある。
折角イタリアに来たんだからサッカーを観ないのは勿体ない、
そう持ちかけるレノンに胡散臭さを感じながらも
4人はチケットを手配してくれるように頼んだ。
「オー、ベリーラッキー。OK、アト30分後、アノ店ノカドデアイマショウ。」
レノンが指差す路地は薄暗く、格好のカモスポットに見えた。
いざとなったらダッシュで逃げる、テレパシーでお互い確認しながら4人は頷いた。
「やったぁー。サッカー観れるよ。超ラッキー。本場だよ?」
はしょぐトモに対し、イマイチ乗り気でない顔のムツ。
イタリア3回目のマックの中で時間を潰す4人は
もしボラれそうならしっかり断る、
もしホラれそうでもしっかり断る、
という意見で一致した。
30分後、レノンの指定された店の角に向かうと2人の男がいた。
一人はチャキチャキのイタリア人であったが、もう一人は日本人に見えた。
「お。来た来た。キミ達だよね。チケット買いたいのは。」
やはり日本人だ。流暢な日本語だ。
しかしこの日本人、目が泳ぎ、口元が微かに震えているように見える。
「そうです。でも余りに高ければ止めようかなって思ってます。」
交渉上手のテルヲが値切り交渉に挑むと、男は隣に居るイタリア人に小声で囁いた。
ちらりと4人に視線をやったイタリア人は大きく2度頷き、
短く何かを囁いた。
その言葉を聞いた日本人は一瞬ビクっと体を震わせたが、
目を閉じ自分を納得させるように2度3度と素早く頷きながらこう言った。
「オッケー。本来なら送迎込みで100ユーロなんだが、送迎なしで30ユーロでどうだい?」
30ユーロなら4000円弱だ。法外な値段ではない。
「…分かりました。それで良いです。」
余りに簡単に値引き交渉が成立したため、少し拍子抜けしたテルヲが答えた。
試合のあるスタジオ・オリンピコまでの行き方と
座席の大まかな位置のレクチャーを受け、
120ユーロと引き換えに4枚のチケットを手に入れた。
「チャオ。」
イタリア人はにたっと笑い、日本人に首で催促しながら路地に消えていった。
二人が完全に見えなくなるまで見送った4人は
手元のチケットに目をやった。
チケットには『16ユーロ』の表記があった。
試合開始の時間は午後9時半。
まだ随分時間がある。
メトロ近くのバールで軽く夕食を済ませてからスタジアムに行くことにした。
「いや。ホント凄いよ。サッカーなんて観られると思わなかった。本場だよ?」
顔を紅潮させトモが繰り返す。
コウイチローもすっかり冷静モードに切り替わり、
ガイドブック(コピー)のセリエA関連記事を調べまくっている。
テルヲとムツも相当興奮し、ユニホームを買うべきか
それともマフラーだけで良いか
あるいは敢えてインテルのユニホームを着てみるか
などと冗談を言い合っていた。
「30ユーロなんて全然高くないよ。だって本場だよ?」
まだまだ繰り返すトモをすかし、テルヲが付け加えた。
「確かに。ボルつもりならもっと高く売るはずだな。
「だって俺等は買うつもりでいたんだから。
「別に売れなきゃ他で売るか、自分たちで観に行けばいいんだし。」
「ま、交渉が上手かったってことじゃん?」
ムツがまとめると、ガイドブック(コピー)から目を上げたコウイチローが興奮気味に叫んだ。
「おいおい。このチケットに『curva』って書いてあるでしょ。
この『curva』ってのはゴール裏の席で熱狂的なサポーターが集まる場所らしいぜ。」
「うっひょー。本場のサッカーを、本場のサポーターのど真ん中で観られる!」
注文した不味い緑のサンドウィッチを撒き散らし、トモが立ち上がった。
「危険な臭いがする!危険な臭いがする!!」
4人は完全に興奮しまくっていた。
お金だけは取られないように、それだけ思っていた。
そう、もっと取られてはいけない大事なモノがあったはずなのに。
8時半。4人は出発した。
夜のメトロ。
そして乗ったこともない路面電車。
電車は満員で、恐らく殆どがサッカー観戦に向かっているようだ。
ローマのユニホームを着た若者が数人見かけられる。
「あの人達に着いて行けば迷うことはないな。」
そう囁いたトモは
電車の中の全ての目が4人を見つめているかのように感じていた。
路面電車が終着駅で停まると車内の人間は全て降り始めた。
どうやらここで降りるらしい。
しかしスタジアムは見えない。
それどころかかなり暗く、想像していた華やかさの微塵も感じさせない。
不安になったもののこのまま車中に居ても仕方がないので
4人はユニホーム姿の若者に続いて電車を降りた。
歩いていくうちに建物の角からどんどん人が溢れ出してくる。
皆ASローマのユニホームを着たり、マフラーを巻いたりしている。
道すがらASローマグッツを揃えた屋台が多数あったが
靴の中やパンツの中にお金を仕舞い込んでいる4人は買うことが出来なかった。
暗い公園を歩いていると遠くの空が明るくなっているのが見えた。
その方向に足を進め、公園を抜けると、見たこともない巨大なスタジアムが姿を現した。
地響きのような音が聞こえる。
煌煌と照らされたスタジアムに目を凝らすと
既に多くのサポーターが入場しているようだ。
地響きはそのサポーター達の歌声だった。
スタジアムまでの広い道路には
我先に足を進める人でごった返していた。
もの凄い数の人である。
不思議なことに笑顔がない。
皆一様に殺気だった面持ちで足を進めている。
そう、これはお祭りではないのだ。
闘いなのである。
「へらへらしてたら殺されそうだな。」
コウイチローが異様な空気を察知し注意を促した。
「…ホントだね。」
へらへらしていたトモの顔はいつの間にか強張っている。
背中からかばんを前に回しがっちり抱きかかえた。
4人が入場ゲートに近づくと様々な声がかけられた。
「ナカータ!」
「ジャポーネ。」
「コンムラーレ、ビリエット!」
しつこくチケットを売ろうとするダフ屋を振り払い、ようやくゲートの前まで辿りついた。
事件はそこで起こったのである。
入場の効率を良くするため、ゲートはいくつも用意され
どのゲートから入場するかはチケットに予め印刷されている。
一人一人厳しいボディチェックを受けるため
ゲート前は非常に混み合っていた。
ムツは再度自分が入場するゲート番号を確かめるため
内ポケットにしまってあったチケットを取り出した。
32、か。
チケットから目を離し、ゲートを確認しようとしたそのとき
突然背後から何かがムツを襲った。
不意打ちに倒れ込んだムツは言葉も出せず振り返った。
2人の男が足早に立ち去るのが見えた。
体を起こしたムツは異変に気付いた。
手にしていたはずのチケットがない。
盗られた。強盗だ。
そう感づいたのと同時に背中に鈍い痛みを感じた。
背中に手を宛がうとねっとりとした感触。
こりゃまずいな…
ムツは恐る恐るその掌を確かめた。
「な、なんじゃこりゃーっ!?」
ムツの叫び声を聞き、テルヲが駆け寄る。
「う、こりゃヒドイ…。な、何故?」
ムツの背中には巨大なピッツァ・マルガリータ。
背中に広がる大きなシミをただ呆然と見つめるテルヲ。
合流したコウイチローとトモと共に蒼白になったムツを抱きかかえ
一時的にゲートから離れた。
ムツが落ち着きを取り戻すまで待ち、
その後緊急ミーティングが行われた。
議題は
『帰る』か『観ていく』である。
しかし現在残されたチケットは3枚。
この状況ではダフ屋から買える可能性はゼロである。
暫く議論が重ねられたが
『2人試合を観て、2人ホテルに帰る』という結論に達した。
結局、指ピコピコで勝ったコウイチローとトモが試合を観戦し
ムツとテルヲがホテルに戻ることとなった。
テルヲは申し訳ないと肩を落とすムツを抱え
2人に向かって笑顔で「気をつけて」とエールを送りスタジアムを後にした。
コウイチローとトモは重大な責務を感じ
意を決してゲートを潜った。
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
襲われたムツとテルヲのためにも。
しかしスタジアムに入った途端、トモは口をあんぐり広げたまま立ち尽くした。
恐ろしい広さ、恐ろしい人の数である。
チケットに書いてある座席など意味を成さないことがすぐに分かった。
ありとあらゆるスペースが人で埋まり
全く身動きが取れない。
通路に陣取った人の足を踏みながら
ようやく少しピッチが観られる位置に辿りついた。
客席を見渡すと95%がローマファンである。
遥か遠方にがっちり警官に囲まれた相手チームサポータ100人程が見える。
異様な雰囲気だ。
試合が始まっていないのに完全にオーバーヒートするスタジアム。
そして定刻になっても始まらない試合。
何もかも異様。
何もかも異様。
もういっちょ。
何もかも異様。
『郷に入れば郷に従え』
このとき程この言葉の意味を重く実感したことはない。
見よう見真似でローマサポーターに合わせ
唄ったり
選手の名前を叫んだり
相手サポーターにブーイングをしたりした。
まだ試合は始まってもいない。
結局15分遅れで試合が始まった。
試合が始まれば当然全員立ちあがる。
こうなったらピッチなど見えない。
それでも周りのサポーターを刺激しないよう、
応援を繰り返した。
誰のための応援か、何のための応援か。
自問自答を繰り返しながらも必死で声を絞り出す
トモとコウイチローであった。
前半30分過ぎ。
一瞬のスキをつかれ(たと思う。見えてない)ローマが先制された。
相手チームに得点を奪われた瞬間、
先ほどまで割れんばかりの歓声が入り混じっていたスタジアムが静寂に包まれた。
こう言うとき程恐いときはない。
目立たぬよう、トモはじっとしていた。
コウイチローはと言うと、隣のローマサポーターと共に大袈裟に悔しがり
相手サポーターにブーイングを送っていた。
結局前半終わって0-1
いてもたっても居られずトイレに立った。
トイレ前でトモとコウイチローは第2回緊急ミーティングを開いた。
「このまま試合終了までここに居て、おまけにローマが負けたら大変なことになるね。」
「そうだな。既にチラチラ睨まれてるしな。中田はいねーぞ、みたいに。」
「後半は出口に近いところで観て、30分過ぎくらいになったら帰ろうよ。」
「勿体無い、けどな…。死んでからじゃ遅いしな。」
後半は出口に一番近い通路で観ることにした。
ここなら安全だ。いざとなれば脱出可能だ。
しかし。
通路に屯する子供達の目はコウイチローのかばんに釘付けであった。
コウイチローもそれを察し、細心の注意を払いながらの観戦となった。
後半10分頃、ローマが同点に追いついた。
スタジアムは興奮の坩堝。
誰彼構わず抱き合い、揺れた。
トモも隣のイタリア美女との抱擁を期待したが
まったくもって無視された。
コウイチローに至ってはガキどもの動向がきになり過ぎて
素直に喜べないでいた。
その後試合は硬直し、トモもコウイチローも試合終了時の混乱を気にし始めた。
「もう、帰ろうか。」
後半30分を過ぎたときトモが提案した。
コウイチローも同意し、2人はこそこそと出口に向かった。
2人以外、誰一人帰る者は居ない。
2人の様子に気が付く者も
かばんを狙っていたガキと警護に当たっていた警官だけであった。
命からがらスタジアムの外に出ると
2人は全力でその場を立ち去った。
一刻も早く逃げなければ。
なかなか出発しない路面電車にキレるトモとコウイチロー。
ここでは流石のコウイチローも冷静では居られなかった。
ようやく路面電車が発車した丁度そのとき
スタジアムの方から大音響が聞こえた。
どうやら試合が終わったらしい。
結果なんてどうでもいいや。
自称サッカーフリークのトモは心の中で溜息をついた。
ホテルに着いた2人はムツとテルヲがロビーに居るのを発見した。
2人は昼食を食べたホテル近くのバールで試合をTV観戦していたそうだ。
試合は結局引き分け。
そして試合後、選手間で小競り合いがあり警官が出動する騒ぎがあったそうだ。
つくづく切り上げて帰ったことが功を奏したと感じる2人であった。
興奮を冷ますため、一杯やろうということになり
4人は再び(テルヲとムツは三度目)ホテル近くのバールに出向いた。
「4beers 」
相変わらずのビールを頼み、一通りサッカーの話をしたあと
4人は本日起きた出来事の整理をしようと試みた。
タナカの一方的な宣言…
テルヲお気に入り席の強奪…
謎のイタリア人ガイド…
挙動不審な日本人…
チケットの強奪…
実に色々なことが起きた一日だった。
色んなことが起き過ぎてとても疲れた一日だった。
「うーん。もう眠い。」
トモはビールを半分以上残し、テーブルに突っ伏した。
「俺が運んでいくわ。後で戻ってくる。」
そう言ってコウイチローはトモを抱えバールを出ていった。
店を出るときコウイチローは3人の男とすれ違った。
一人は見覚えのある男だった。
(誰だ?何処で見たんだ…?)
なかなか思い出せない。
肩に抱えたトモをベットに放り投げ
シャワーを浴びている途中になってようやくコウイチローは思い出した。
(ああ。チケットを売ったあのイタリア人だ。)
シャワーを浴び終わりバールに戻ろうか考えたコウイチローであったが
激しい眠気に襲われた。
「…飲み代は明日払えばいいや。」
そう呟くと瞬く間に夢の中へ落ちていった。
トモが中田からの絶妙なスルーパスを受け、左足でゴール右隅にシュートを決めた瞬間
コウイチローがオードリーと共に追っ手から逃れるため、テヴェレ川に身を投じた瞬間
ホテル近くのバールでは2人の日本人が拉致された。
この夢のような現実は、しかし、翌朝になる迄誰一人として知ることはなかった。
被害者である2人の日本人と
そして首謀者である、1人の男以外は。
(注5)なんだっけ?3回のコイン投げの意味。忘れた。教えてくれ。
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