■■ 追憶の彼方 ■■



すみません・・・。
「まだ終わらないのかよっ」という声もチラホラ聞こえはじめました、この『伊太利亜ものがたり』。
「ホントは話がまとまってないんじゃない?」なんて変に勘ぐる人も居ますが
ご心配には及びません

・・・なんとか、します。
それでは。

第8章 ムツとテルヲの神隠し

ホテル『デ・ラ・ヴィッレ』の朝食はビュッフェスタイル。
ホテル客は7時から8時半の間に1階フロント脇の食堂で朝食をとり、ローマの街に消えてゆく。

トモとコウイチローは7時きっかりに部屋を出て食堂に向かった。
ルームキーを提示し食堂に入ると、2人以外の客は居なかった。

「昨日はいつ部屋に帰ったか覚えてないよ。」
「俺が担いで来たんだよ。バールで寝ちゃったから。」
トモは悪びれる様子もなく、疲れてたからね、と言ってトーストを齧った。
コウイチローも別段気にする素振りを見せない。器が違うのだ。

7時半を過ぎた頃から2人以外のツアー客がポツポツと食堂に集まってきた。
しかしそれ程多くはない。
聞けばオプショナルツアーに申し込んだ客は早朝、ポンペイに向かって出発したそうだ。

ムツとテルヲはまだ現れない。
昨晩は相当飲んだな
コウイチローは、スタジアムの直前まで行きながら不慮の事件に巻き込まれ
試合を観戦出来なかった2人のことを思った。
「もう暫く待ってみよう。そうだな、8時まで。8時過ぎたら起こしに行くか。」


部屋の中はスーツケースとスポーツバックが、ご主人様を待つ忠犬のように
並んでいるだけであった。
ベットもシャワーも使用された形跡がない。
荷物を運んだポーターに聞いたところバックも動かされていないとのことだ。

8時になっても2人が現れなかったため部屋を訪れたトモとコウイチローは
戸を叩いても、電話をしても返事のない状況をフロントに伝え、マスターキーで戸を開けてもらった。
面倒くさそうに戸を開けた従業員は、これで気が済んだか、と言う顔で
「夜遊びして帰って来なかったんでしょ、きっと。」
と気のないコメントを残しロビーに戻って行った。

夜遊び!?
そんなはずはない。いくらなんでもサッカーを観れなかったくらいで
朝までコースになるはずがない。
そもそもあの店が終わったら他に行く店などないはずだ。

「なんで帰って来てないのかなー。」
部屋の中をぐるぐる回るトモに対してコウイチローは腕組みをしたまま入り口の戸に寄り掛かっていた。

「どしたん?」
朝食を終えたヤミとマリッペが声を掛けてきた。
コウイチローは事情を説明し、その後なんとも言えない空気が流れた。
と、徐にマリッペが口を開いた。
「・・・関係ないかも知れないけど、昨日の夜あのバールの近くで、あの、タナカさん?とジャンを見たわ。」
「2人で居たのか?」
「ううん。何人だろ?5、6人位かな。すごく沢山居たから良く分からないけど。」
「何時頃の話だ?それは。」
「えーっと。12時半、頃かな。」
「何してたん?そんな時間に。全然気がつかんかったわ。」
ヤミが驚いた表情で会話に切り込んだ。
「ん、と。なんか寝付けなくてね。ちょっと。へへっ。」
「へへって。何、またお酒飲みに行ったんちゃうやろ?」
「んーと。まぁ・・・」
「何してん。お酒飲み過ぎたらあかんやろ。せやから・・・」
「ちょ、ちょっと良いかな。」
このままアーギュメント・スパイラルに巻き込まれるのは御免だとばかりにコウイチローが割って入った。
「5、6人って言ったよな。タナカ以外は全員イタリア人か?」
「・・・いいえ。他に1人日本人が居たわ。」
マリッペは目線をヤミの方に向けたまま答えた。
「そいつらを見たのはバールの外だったのか?」

「いいえ。バールで飲んでたの。私がカウンター席に座っていたら大声で話している客が
いたのでそっちを見たわ。そしたら、居たのよ。」
「やっぱり飲んでたんやんか。」
再び噛み付くヤミ。
続く言葉を遮るようにコウイチローは質問を重ねた。
「その日本人、こんな顔か?ジャン以外のイタリア人の中でこんな顔の奴等居たか?」
コウイチローはコピーしたガイドブックの裏に3人の顔をデッサンし、マリッペに見せた。
「・・・居たかも知れない。日本人は・・・そうそう、こんな顔。気の弱そうな。
その人だけ居心地悪そうな顔してたわ。」

「誰なん?この人ら。」
コウイチローデッサンをひったくりヤミが聞いた。
「この日本人はチケット、サッカーのチケットを俺等に売った日本人。
そしてこの2人は、ホラ、さっき話したろ?例のすれ違ったイタリア人達だ。」
コウイチローはトモに向かって言った。
「あー。あのチケット売りと一緒に居たって奴等だね?」
頷きながら答えたトモはマリッペに向かって聞いた。
「で、何の話ししてたか分かる?」
「良く聞き取れなかったんだけど、ピザとかピサとか言って騒いでたわ。
イタリア人もオヤジギャグ言うのね、って思ったもん。あと。ポンペイ?」

ピサピザ・・・
暫く沈黙し考え込んでいたコウイチローは何かを思いついたように立ち上がった。
「取り敢えず、あの店に行こう。それからこの話はぐっさんには内緒だ。
ぐっさんだけじゃない。この4人以外には誰にも話すな。いいな?」
3人は黙って頷き、コウイチローの後に続いて部屋を出た。


店についた3人は店主に2人の行方を知らないか聞いた。
店主は不機嫌そうに頬杖をつきながらぶっきらぼうに答えた。
「昨日はやたらジャポネが多くてな。いちいち覚えてられるか。
ナカータなら別だがな。ナカータが居れば昨日の試合は勝てたろうに。何でカペッロは・・・」
どうやら原因は昨晩の試合にあるらしい。
店主の愚痴に付き合う気は毛頭なく、御礼を言って店を出た。
と、店を出たところで店員の一人に呼び止められた。
「ジャポネ、2人だろ?
アンタ達が帰った後、すぐイタリア人に連れられて店を出ってたぜ。」
コウイチローはこの店員に見覚えがあった。
昨日、ビールを運んで来てくれた青年だ。
ニコニコ愛想が良く、ビールを運んできた際
テルヲとムツに対して一言二言話しかけていたことを思い出した。

「おれっち、あの2人と仲良くなってさ。
実はあの2人、チャンピョンズリーグの試合をこの店で見ていたんだ。
珍しいジャポネも居るんだなって思ったさ。
で、話してみたら良い奴等でな。ちょっと落ち込んでいたみたいだけど。
試合終わって店出てったけど、すぐアンタ等と一緒に戻って来たろ?
で、アンタが潰れて2人して店出ていった後に3人のイタリア人が来て、知り合いみたいだったな。
話しながら4人で出て行ったぞ。一人イタリア人は残って、その後仲間がいっぱい集まって来てたな。」

あの3人だ。間違いない。
コウイチローは頭を整理するためホテルのロビーに戻るなりエスプレッソを注文した。

運ばれて来たエスプレッソを一気に胃に流し込むと目を閉じ集中した。

俺とトモが店を出たのが12時前。
その後すぐに例のイタリア人2人がテルヲとムツを何処かに連れ出した。
そしてマリッペが店に入った12時半には既にイタリア人はあの店に戻っていた。
たった30分足らずで何処に連れて行くんだ?
そしてタナカとジャン・・・。
あいつ等が仕組んだことなのか?
何の為に?
・・・

「探すしか、ないね。当てはないけど・・・。」
トモがそう言ったのはコウイチローの沈黙が8分ほど続いた後だった。
「そうだね。協力するわ。ね?」
マリッペも立ち上がり、ヤミに向かって頷いた。


スペイン広場周辺を探すと言うヤミ、マリッペに対し、トモは
「俺らはヴァチカン方面に行こう。」




第8章 完

第9章 やれやれだぜ

ヤミ、マリッペと別れたトモとコウイチローはまずサンタンジェロ城に向かった。

「ここはな。オードリーと誰かサン(注6)が追っ手から逃れるためテヴェレ川に飛びこんだ、あの場所さ。」
城内に立ち入ることは出来なかったが、城壁沿いを隈なく歩きながら
コウイチローは物憂げに語った。

そしてふと昨晩のことを思い出す。
俺がオードリーと愛の逃避行をする夢を見ているとき、アイツ等は拉致された・・・
睡魔に負けずバールに戻っていれば、あるいは拉致を防げたかも知れない・・・

コウイチローの遠い目を見てトモは棒立ちになった。
遠い目のコウイチローは他人を寄せ付けない、どこかミステリアスな雰囲気を纏う。
そう、冬の夕方、日が沈んだ後の原子炉研脇の小道のように。

と、我に返ったコウイチローが燃えるような目で叫ぶ。
「トモ、走れ!後ろの2人は追っ手だっ!!」


2人はサンタンジェロ橋からヴィットリオ・エマヌエーレ2世橋を渡り継ぎ、
コンチリアチィオーネ通りをバチカン方面へひた走った。(一休み)

列柱回廊に身を潜ませ様子を伺ったが巧くまけたようだ。
「危なかったね。で、あの2人は誰なの?」
命の恩人を尊敬の眼差しで見つめるトモはコウイチローの断言に息を呑んだ。
「知らんっ!そんな気がした。」

引き続きムツとテルヲの捜索を開始した2人はサン・ピエトロ大聖堂の中に潜入した。
圧巻だ。
とてつもない豪華絢爛さ。
芸術の粋を極めた空間に息をするのも忘れ、只管立ち尽くす2人。(注7)

中央に鎮座するは『バルダッキーノ』。
4本の黒金ねじれ柱に強烈なダイナミズムを感じる。
バルダッキーノを囲む石像のどれも素晴らしかったが
巨大な十字架を掲げるマリア像の強い眼差しに、2人の決意も改めて固まった。

「クーポラに登ってみよう。高い視点からモノを見ることが大切だ。」
コウイチローが提案した。
「もちろん階段で。」

コウイチローの判断には無論、根拠があった。
事前調査(ガイドブック。コピーの)によればクーポラ登頂手段は2パターン。
パターンA:徒歩で750段の階段。
パターンB:途中(階段500段分)までエレヴェータ+250段の階段。
ここでクーポラ登頂に要する時間を計算してみよう。

まずパターンA。
階段一段当たりに2秒かかるとし、かつ途中100段につき60秒の休憩を挟むとする。
そうすると
750(段)×2(秒/段)+6(回)×60(秒/回)=1860(秒)
ちょうど31分だ。

続いてパターンB。
エレベータは地上から途中フロアまで12秒で運ぶ。
階段での所要時間は上記同様2(秒/段)であるから
12(秒)+250(段)×2(秒/段)+2(回)×60(秒/回)=632(秒)
おっとそうそう。エレベータにすぐ乗れるとは限らない。
直前でエレベータが発進してしまったという最悪のシナリオを考え、
12(秒)+30(秒)+12(秒)=54(秒)
を足しておこう。
この30(秒)は滞留時間だ。
まとめると686(秒)、11分26秒。

そして現在の時刻が午前11時32分。
この時期、ローマの南中は正午をわずかに過ぎた頃であるから
階段を登りきった頃、ちょうど南中になるというわけだ。

何故南中か?
その辺は勝山の論文を参考にしてもらいたい。

「良しっ。今だ。登るぞ。」


2人がクーポラ登頂を達成したのは正午を20分ほど過ぎた頃だった。
原因は
1.階段が750段ではなかったこと。
2.一段2秒ペースはおじさんにはキツかったこと。
が考察される。

クーポラからの眺めは爽快であった。若干もやがかかっていたが。
しかしローマは広い。広すぎる。
一体このローマの何処にムツとテルヲは監禁されているのであろう。
もしかしたら2人はもう・・・
あまりに最悪な感情が沸き立ち、コウイチローの目は一気に潤んだ。

コウイチローの涙が乾くか、星になるかといった頃、トモにある考えが浮かんだ。
遥か彼方に霞んで見えるのは、そう『コロッセオ』。
ん?コロッセオ・・・
コロッセオと言えば、ポルナレフ。
ポルナレフと言えば、JOJO。
JOJOと言えば、テルヲ!
つながった。
コロッセオに行けばテルヲがいるはず。

「やれやれだぜ。」
自己完結し満足顔のトモが呟くと、ウサギ目コウイチローは慌てて言い放った。
「泣いてないもんっ。」


コロッセオに着いた2人は柱の陰を中心にテルヲとムツの手がかりを探した。
外周を周った後、中に入り捜索したが2人の姿はなかった。

鉄柵に身を預け、疲労困憊のコウイチロー。
諦めからか、薄ら笑いを浮かべている。
「どうするよ・・・」
コウイチローの言葉に返すことの出来ないトモ。


結局コロッセオを後にし、隣接する『フォロ・ロマーノ』へと足を向けた。

「もういいよ、遺跡は。はいはい、古い古い。」
ここにも2人は居らずイライラし始めたトモが暴言を吐いた。
この暴言にコウイチローはキレた。
「お前は歴史を愛しているんじゃなかったのか?」
言い返そうとしたトモに声がかけられた。

「なにしてん。こんなとこで口論?」
ヤミだ。マリッペと共に歩み寄ってくる。
「見つからんからイライラしとるんやろ。当たり前や。こんなとこで見つかる訳ない。」
何かを知ってる素振りを見せるヤミに視線を向ける2人。
「ローマにはおらん。イってもた。」

逝ってもた!?
「ま、まさか。どうしてあの2人が・・・」
がっくり膝をつくコウイチロー。

「?ポンペイに、やで。」


ヤミとマリッペはトモとコウイチローの2人と別れたあと、スペイン広場でぐっさんに会った。
そこでテルヲとムツの2人が昨晩急遽ポンペイツアーに参加すると連絡があったそうだ。

「・・・なんだ、それ。」
脱力するコウイチロー。
「ともあれ、良かったんじゃない?夕方には帰ってくるよ。」
トモの言葉に頷くヤミ。
ただ、マリッペだけは浮かない顔をしていた。

「せや。『真実の口』行った?オードリーになるんやろ。」
へたり込むコウイチローをヤミが励ます。

「そうだな。行くか、真実の口へ。」
歩き出すヤミ、コウイチロー、トモ。
3人に対して立ち止まったままのマリッペが声をかけた。



(注6)コウイチロー君の解説を待ってください。ボクは忘れました。調べもしません。
(注7)詳細は世界遺産スペシャル『ヴァチカン市国』をどうぞ。マジすごいから。

第9章 完

第10章 手のひらの上で転がされる感じ。そう、コロコロと。

「添乗員さん、直接あの2人から話を聞いた訳じゃなさそうなの。」
ジャンから聞いたって。」

「それでね。さっき聞いたこと、昨日の夜の話を添乗員さんにしようとしたのね。そしたら・・・。」
「そしたら・・・?」
「そしたら、タナカさんが来て・・・」
「タナカ?ぐっさんとタナカが一緒だったのか?」
「うん。何か約束していたみたい。」
「それで?」
「何か気まずいじゃない。陰口言ってるみたいで。だから途中で止めといた。」
「何処まで話した?言わない約束だったろ。」
「ん、だって!だって何か事件だったら怖いじゃない。
話したのは昨日あの2人が部屋に戻っていないことと、
夜中にバールに居たらしいこと。それと
居なくなった後、私がバールで見た5、6人のこと。」
「それ全部じゃん。あらら。」
「・・・」
「それから?タナカはその話を聞いていたのか?」
「ううん。ちょうど話が一段落したときに現れたの。」
「物凄い顔してな。『キミ達、ボク等はこれから大事な用があるんだよ。申し訳ないが失礼するよ。』やって。」
「ちょっと待ってって言いかけたら、ホラあのコ達。あのちょっと、なんて言うか・・・高飛車な感じの2人組。」
「誰だよ、それ。」
「おるやーん。背の高いのとちっこいの。凸凹コンビや。」
「そいつ等が?」
「2人突然やって来て。『あら。ローマに来てお買い物もなさらないの?』だって。」
「スペイン広場の前の通り、ブランド店が建ち並んでおるやろ?そこに強引に連れてかれた。」
「そう。それで煽てられてこの髪留め買っちゃったのよ。150ユーロもしたのに。」
「・・・別に煽てられた訳やない。欲しかってん。」
「あー。はいはい。髪留めはいいや、別に。それで2人を見失った訳だな?」
「2人?あぁ。添乗員さんとタナカさんね。そう。」
「よかないわ。ぜっんぜん。お気に入りやって言うてんねん。」
「言ってないじゃない。店出たとき『しもたー』みたいな顔してたくせに。」
「『しもたー』みたいな顔って何やねん!どないな顔や。やってみ。」
「・・・あ、あのさ。ジャンが2人がポンペイに行くって言ったんだよね?それが本題だよね?」
「あ!?」

随分長い間4人は立ち止まっていた。
細く延びた4つの影が、悠久の時を経た遺跡の柱のように見える。


ヤミとマリッペと別れ、テルヲとムツの帰りを待つコウイチローとトモは
マック・ローマ1号店でカプチーノを啜りながらぼんやりしていた。

「2人ともホントにポンペイに行ったのかな。」
「・・・分かんねーよ。バスが戻ってくるまでは。」
「ぐっさん、大丈夫かな。」
「・・・関係ねーよ。首を突っ込まないほうがいい。」
ほとほと疲れたという表情でコウイチローは吐き捨て、時計を見た。
午後7時10分前。
ポンペイツアーのバスは7時にホテル前に到着するとのことだった。


果たして2人はバスから降りてきた。
がっちり両脇を固めたトモとコウイチローは質問したい気持ちを抑え、出来るだけホテルから離れることにした。


スペイン広場前のカフェ『バルカッチャ』で席に着いた4人は暫く無言であった。
店員が愛想良くジェラートをつくっている。
ただ、客のオーダーは聞くものの、トリプルのジェラートは全てモカ、チョコ、ミントの組み合わせであった。
それでも笑顔プレーゴ!連発姿に、客もただただ黙って受け取るしかない様子だ。


「・・・で、何で昨日は部屋に戻らなかったんだ?」
コウイチローが冷静に切り出した。突破口はいつもこの男、切り込み隊長コウイチロー。
「コウちゃんとトモちゃんが店出たあとチケット売ってくれたイタリーが来てさ。
スタジアム直前で引ったくりに遭って試合観れなかったよって話したんだよ。」
「そしたら『おぉ可哀想!おごるから店変えよう。』とか言うんだよ。」
テルヲに続きムツも口を開く。
「怪しいな、なんて思ったけどまぁ知らないヤツでもないし。歩いて行くって言うんでついてったんだ。」
「別に怪しい店じゃなかったな?普通のバール。そこで4人?4人か。」
「そう、4人。4人で飲んだ。もう一人のイタリーは知らないヤツだったな。」
「盛んに『俺のこと知らない?知らない?』って言ってたけどな、ムツに対して。」
「そんときは全然思い出せなかった。」
ムツは首を振り、悔しそうにテーブルを叩いた。
ガシャンとスプーンの跳ねる音に驚いた店員がミントジェラートを床に落とした。
寂しげな笑顔だった。

「誰だったの?」
「俺を襲ったヤツ、だ。」
唇を震わせムツが声を絞り出した。
そのムツに替わってテルヲが説明を加える。
「まぁずっと気がつかず4人で飲んでいたんだ。サッカーの話で盛り上がって。
で、かなり酔っ払ってな。明日早いから帰るって言ったんだ。そしたら・・・」
「『最後にワインの一気飲みの勝負をしよう。勝ったら特別に良いことを教えてやる』って。」
「ボトルだ。赤の。断ってたら『負けるのが怖いのか。ナカータと同じで腰抜けか』とか言いやがる。」

「圧勝だった。ヤツ等が半分も飲まないうちに飲み干してやった。
だがな。飲んだ後急激に目が回りはじめた。ヤツ等のニタニタした顔が歪んで・・・。」
言葉を濁すテルヲ。
ムツが苦々しい顔で続けた。
「『おいおいピザの上に倒れるなよ。またシャツを替えなきゃならないぜ』だと。
そんとき目を回しながら思い出したんだ。コイツは俺を襲ったヤツだって。」

2人が気がつくとバスの中だったという。
「・・・ポンペイ行きの。」
「そう。何時の間にかポンペイ行きのバスに乗ってた。」
「ジャンがニコニコやってきてな。
『オハヨウゴザマース。バスノナカデヨカッタデスネ』とか言ってウインクしながら窓の外を見ろって促すんだ。」
「『キョウイチニチオトナシク、ネ』って脅された。」
「ま、頭ガンガンしてたからな。脅されなくても大人しくしてたさ。」
テルヲは自嘲気味に首を竦めてみせる。

「実際どこ行っても監視されてた。電話するとマズイから、か。怯えたぜ。」
「二日酔いにナポリの日差しはきつかったな。」
きつかった・・・。」


スペイン広場に夜の帳がおりた
今晩はイタリア最後の夜。
再度集まった4人は寸分を惜しむかのごとくローマの街を散策した。
カフェ・グレコ。
コロッセオ
ローマ三越。

一通り周り、最後のディナーを存分に味わったあとホテルに戻った。
ホテルのロビーにはぐっさんのポツンとした後姿があった。
どこか魂の抜けたような佇まいだ。

「ぐっさんもね、2人が居なくなったこと心配してたんだよ。ま。本人は一日デートだったらしいけど。」
トモはヤミ、マリッペの話を2人に伝えた。

「ぐっさーん。今日はデートだったんですかぁー?」
すっとんきょんな声でトモが囃し立てるように叫んだ。

トモの声が聞こえないかのようにぐっさんは座ったまま。
不思議に思ったトモが近くに寄り、肩を叩こうとしたその瞬間。
勢いよく立ち上がり、足早にその場を去っていった。


「ぐっさんの顔、見たか?」
「・・・うん、超ウサギ目だった・・・。」

4人は無言で部屋に戻る。

ぐっさんの身に何が起こったのか。

ピサとピザで我を忘れ、ぐっさんの微妙な心理を読めなかったことを悔いるムツ。
ノリで軽口を吐き、ぐっさんに心理的苦痛を与えたことを反省するトモ。
ぐっさんの怯えた目を思い出し、ぐっさんの不安を拭えなかったことを恥じるテルヲ。
そして
冷静に事態を見据えていたつもりが、ぐっさんの身を守れなかったことに怒るコウイチロー。


眠れない4人の、最後の夜はゆっくりと過ぎていった。




第10章 完



第11章 『天上の添乗』はココから飛んで下さい。