ホテル『デ・ラ・ヴィッレ』の朝食はビュッフェスタイル。
ホテル客は7時から8時半の間に1階フロント脇の食堂で朝食をとり、ローマの街に消えてゆく。
トモとコウイチローは7時きっかりに部屋を出て食堂に向かった。
ルームキーを提示し食堂に入ると、2人以外の客は居なかった。
「昨日はいつ部屋に帰ったか覚えてないよ。」
「俺が担いで来たんだよ。バールで寝ちゃったから。」
トモは悪びれる様子もなく、疲れてたからね、と言ってトーストを齧った。
コウイチローも別段気にする素振りを見せない。器が違うのだ。
7時半を過ぎた頃から2人以外のツアー客がポツポツと食堂に集まってきた。
しかしそれ程多くはない。
聞けばオプショナルツアーに申し込んだ客は早朝、ポンペイに向かって出発したそうだ。
ムツとテルヲはまだ現れない。
昨晩は相当飲んだな
コウイチローは、スタジアムの直前まで行きながら不慮の事件に巻き込まれ
試合を観戦出来なかった2人のことを思った。
「もう暫く待ってみよう。そうだな、8時まで。8時過ぎたら起こしに行くか。」
部屋の中はスーツケースとスポーツバックが、ご主人様を待つ忠犬のように
並んでいるだけであった。
ベットもシャワーも使用された形跡がない。
荷物を運んだポーターに聞いたところバックも動かされていないとのことだ。
8時になっても2人が現れなかったため部屋を訪れたトモとコウイチローは
戸を叩いても、電話をしても返事のない状況をフロントに伝え、マスターキーで戸を開けてもらった。
面倒くさそうに戸を開けた従業員は、これで気が済んだか、と言う顔で
「夜遊びして帰って来なかったんでしょ、きっと。」
と気のないコメントを残しロビーに戻って行った。
夜遊び!?
そんなはずはない。いくらなんでもサッカーを観れなかったくらいで
朝までコースになるはずがない。
そもそもあの店が終わったら他に行く店などないはずだ。
「なんで帰って来てないのかなー。」
部屋の中をぐるぐる回るトモに対してコウイチローは腕組みをしたまま入り口の戸に寄り掛かっていた。
「どしたん?」
朝食を終えたヤミとマリッペが声を掛けてきた。
コウイチローは事情を説明し、その後なんとも言えない空気が流れた。
と、徐にマリッペが口を開いた。
「・・・関係ないかも知れないけど、昨日の夜あのバールの近くで、あの、タナカさん?とジャンを見たわ。」
「2人で居たのか?」
「ううん。何人だろ?5、6人位かな。すごく沢山居たから良く分からないけど。」
「何時頃の話だ?それは。」
「えーっと。12時半、頃かな。」
「何してたん?そんな時間に。全然気がつかんかったわ。」
ヤミが驚いた表情で会話に切り込んだ。
「ん、と。なんか寝付けなくてね。ちょっと。へへっ。」
「へへって。何、またお酒飲みに行ったんちゃうやろ?」
「んーと。まぁ・・・」
「何してん。お酒飲み過ぎたらあかんやろ。せやから・・・」
「ちょ、ちょっと良いかな。」
このままアーギュメント・スパイラルに巻き込まれるのは御免だとばかりにコウイチローが割って入った。
「5、6人って言ったよな。タナカ以外は全員イタリア人か?」
「・・・いいえ。他に1人日本人が居たわ。」
マリッペは目線をヤミの方に向けたまま答えた。
「そいつらを見たのはバールの外だったのか?」
「いいえ。バールで飲んでたの。私がカウンター席に座っていたら大声で話している客が
「いたのでそっちを見たわ。そしたら、居たのよ。」
「やっぱり飲んでたんやんか。」
再び噛み付くヤミ。
続く言葉を遮るようにコウイチローは質問を重ねた。
「その日本人、こんな顔か?ジャン以外のイタリア人の中でこんな顔の奴等居たか?」
コウイチローはコピーしたガイドブックの裏に3人の顔をデッサンし、マリッペに見せた。
「・・・居たかも知れない。日本人は・・・そうそう、こんな顔。気の弱そうな。
「その人だけ居心地悪そうな顔してたわ。」
「誰なん?この人ら。」
コウイチローデッサンをひったくりヤミが聞いた。
「この日本人はチケット、サッカーのチケットを俺等に売った日本人。
「そしてこの2人は、ホラ、さっき話したろ?例のすれ違ったイタリア人達だ。」
コウイチローはトモに向かって言った。
「あー。あのチケット売りと一緒に居たって奴等だね?」
頷きながら答えたトモはマリッペに向かって聞いた。
「で、何の話ししてたか分かる?」
「良く聞き取れなかったんだけど、ピザとかピサとか言って騒いでたわ。
「イタリア人もオヤジギャグ言うのね、って思ったもん。あと。ポンペイ?」
ピサとピザ・・・
暫く沈黙し考え込んでいたコウイチローは何かを思いついたように立ち上がった。
「取り敢えず、あの店に行こう。それからこの話はぐっさんには内緒だ。
「ぐっさんだけじゃない。この4人以外には誰にも話すな。いいな?」
3人は黙って頷き、コウイチローの後に続いて部屋を出た。
店についた3人は店主に2人の行方を知らないか聞いた。
店主は不機嫌そうに頬杖をつきながらぶっきらぼうに答えた。
「昨日はやたらジャポネが多くてな。いちいち覚えてられるか。
「ナカータなら別だがな。ナカータが居れば昨日の試合は勝てたろうに。何でカペッロは・・・」
どうやら原因は昨晩の試合にあるらしい。
店主の愚痴に付き合う気は毛頭なく、御礼を言って店を出た。
と、店を出たところで店員の一人に呼び止められた。
「ジャポネ、2人だろ?
「アンタ達が帰った後、すぐイタリア人に連れられて店を出ってたぜ。」
コウイチローはこの店員に見覚えがあった。
昨日、ビールを運んで来てくれた青年だ。
ニコニコ愛想が良く、ビールを運んできた際
テルヲとムツに対して一言二言話しかけていたことを思い出した。
「おれっち、あの2人と仲良くなってさ。
「実はあの2人、チャンピョンズリーグの試合をこの店で見ていたんだ。
「珍しいジャポネも居るんだなって思ったさ。
「で、話してみたら良い奴等でな。ちょっと落ち込んでいたみたいだけど。
「試合終わって店出てったけど、すぐアンタ等と一緒に戻って来たろ?
「で、アンタが潰れて2人して店出ていった後に3人のイタリア人が来て、知り合いみたいだったな。
「話しながら4人で出て行ったぞ。一人イタリア人は残って、その後仲間がいっぱい集まって来てたな。」
あの3人だ。間違いない。
コウイチローは頭を整理するためホテルのロビーに戻るなりエスプレッソを注文した。
運ばれて来たエスプレッソを一気に胃に流し込むと目を閉じ集中した。
俺とトモが店を出たのが12時前。
その後すぐに例のイタリア人2人がテルヲとムツを何処かに連れ出した。
そしてマリッペが店に入った12時半には既にイタリア人はあの店に戻っていた。
たった30分足らずで何処に連れて行くんだ?
そしてタナカとジャン・・・。
あいつ等が仕組んだことなのか?
何の為に?
・・・
「探すしか、ないね。当てはないけど・・・。」
トモがそう言ったのはコウイチローの沈黙が8分ほど続いた後だった。
「そうだね。協力するわ。ね?」
マリッペも立ち上がり、ヤミに向かって頷いた。
スペイン広場周辺を探すと言うヤミ、マリッペに対し、トモは
「俺らはヴァチカン方面に行こう。」
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